34.4メートル。ビルの10階に届く高さの津波に襲われると想定されている町がある。高知県南西部、太平洋に面した黒潮町。2011年の東日本大震災の翌年、内閣府が公表した南海トラフ巨大地震の被害想定で、この町に示された数字は全国で最大だった。その4年後、神戸から一組の夫婦が移り住んでくる。夫の塩崎草太さん(41)は10歳のとき、阪神・淡路大震災を経験している。「なぜ地震があった町から、地震が来ると言われている町に引っ越さなきゃいけないの」。同じく神戸出身の妻・紗織さん(41)は、泣いて反対した。それでも一家は、0歳の娘を連れてこの町へ来た。100~150年の周期で繰り返されてきた南海トラフ地震。直近の昭和南海地震からはすでに80年が経ち、国は「切迫性が高まっている」としている。日本でいちばん厳しい数字を、この町はどう受け止めてきたのか。震災を経験した移住者は、なぜここで子育てをしているのか。

塩崎草太さんは神戸市で生まれ育ち、30歳までアパレルの販売員をしていた。転職を考えていたころ、地域おこし協力隊の募集を知った。「3年やって難しかったら、帰ってこよう」。2016年、縁もゆかりもない海辺の町、高知県黒潮町へ移り住んだ。

34.4メートルの津波想定は、移住を決めるまで知らなかった。

「妻がやたら怒っているな、とは思っていて。でも、日本で暮らす限り、自然災害はどこにいても起こりうるじゃないですか。そんなこと言ってたらどこにも住めないですよね」

協力隊員としての着任先は、長さ4キロの入野海岸にある「砂浜美術館」。1989年、「砂浜しかない町」と言われた場所で生まれた「建物のない美術館」だ。館長は沖を泳ぐクジラで、砂浜に残された流木も小鳥の足あともすべてが作品になる。始めたのは地元の有志で、いまはNPO法人が砂浜での展覧会や周辺の公園管理を手がけている。掲げるコンセプトは「ものの見方を変えると、いろいろな発想がわいてくる」。施設ではなく、その考え方につけられた名前だ。

「正直に言うと、砂浜美術館のこともよくわからないで来たんです」。そんな塩崎さんは、このコンセプトに強く共感していく。きっかけとなったのは、雨の日のイベントだった。客足の鈍い砂浜で、ボランティアに集まった地元の人たちが濡れた砂でクジラの砂像を彫って笑っていた。「晴れの日だけがいい日じゃない。雨の日には雨の良さがある。それって見方、自分がどう見るか次第なんだと」

この「見方を変える」という思考は、やがて日本一の数字を突きつけられた町の防災とも重なっていく。

2012年3月31日、内閣府の有識者会議が、南海トラフ巨大地震の新たな想定を発表した。黒潮町では最大震度7、最大津波高34.4メートル、到達まで最短2分。あまりの数字に、町民からは「どうせ逃げられない」との声が漏れ、逃げるのをあきらめる「避難放棄者」が生まれかねないとの危機感が広がった。町は当時をそう記録している。

大西勝也町長の記憶は鮮明だ。「それなりの数字は覚悟してたんですが、まさか34.4なんて。現実感がなかった、というのが偽らざる当時の状況でした」。新年度の初登庁日はその2日後。「防災の最前線に立つ行政組織から、ネガティブな発言が出ることをまず止めないといけない」。全職員を集め、「避難放棄者ゼロ・犠牲者ゼロ」をめざすと宣言した。町長は苦笑する。「町の外からは叩かれたけどね。『現実をわかってるのか』と」

町が掲げた合言葉は、「あきらめない 揺れたら逃げる より早く、より安全なところへ」。これを理想ではなく現実に引き寄せたのは、自ら動きはじめた住民たちだった。

町は、2017年度末までに津波避難タワーを6基、避難道を約230路線整備した。だが、この町の防災の本質はそこにはない、と町長は言う。

「どんなに高いタワーを建てても、逃げなければ意味がない。そして、いつどんな津波が来るかわからない中で、『逃げる』という判断を取れるかどうかに、行政ができることは限られている」

町が費やしたのは、コンクリートよりも人手と時間だった。2012年度、約200人の役場職員全員を、町内61の自治会に割り振る「職員地域担当制」を導入。通常業務と兼務で地区に通い、地震発生時にどう行動するかを考えるワークショップを200回以上開いた。浸水想定区域の約3800世帯には、一軒ずつ「戸別津波避難カルテ」をつくった。「どこへ逃げるか」だけでなく、「誰と一緒に逃げるか」「逃げることが困難な近所の人を誰が助けるか」。説明ではなく対話を重ねるうちに、「自分たちの命は自分たちで守る」という当事者意識が住民の間に芽生えていった。

ワークショップを続けたことで、住民同士のつながりも強くなった。塩崎さんと同じ年に神奈川から移り住み、海を望む小さな書店を営む岡本里咲さんは言う。「ここでの暮らしには、助け合う関係性が築かれている。もし自分が災害に遭うときが来るのなら、黒潮町にいるときに起きてほしい」

それでも、いちばん難しいのは、意識を変えて行動につなげる「行動変容」だ。いざというとき、本当に逃げられるのか。町が次に取り組んだのは、教育だった。

2015年、町の教育委員会は教員向けに「防災教育必携」という冊子をまとめた。過去の被害を見せて怖がらせる手法を、冊子は「脅しの防災教育」と呼んで退ける。人は恐れる気持ちを持ち続けられないし、それは子どもに「こんなに危険なところには住みたくない」と自分の故郷を嫌いにさせてしまう。その代わりにたどり着いたのが、「大切な人のために逃げる」という考え方だ。育てたいのは「防災に対する主体性」。そのひとつの例として、冊子は子どもたちへのこんな問いかけを示す。

「大地震があったときに君が逃げなかったら、お父さんお母さんはどうするだろう?」

この町では、子どもは守られるだけの存在ではいられない。住民のほぼ半数が65歳以上。「助けられる側」から「助ける側」へと、冊子は説く。その効果か、地元の大方高校の生徒たちは、地区の防災シンポジウムでこう話すようになったという。

ふるさとを大切に思うことと、自分の命に責任を持つこと。この町の子どもたちは、防災を通じてその両方を学んでいる。大西町長が笑う。

「今では子どもたちも言ってます、『うちの町は犠牲者ゼロを目指してますから』ってね」

防災を担うのは、役場や学校だけではない。一般社団法人黒潮町観光ネットワークは、避難タワー歩きなど、防災について学ぶプログラムを取り入れた「防災ツーリズム」を町外に提供している。「34m」をロゴに掲げる黒潮町缶詰製作所は、備蓄用の缶詰で年間売上高が1億円を超えた。危険とされた数字が、雇用を生み、人を呼ぶ。

砂浜美術館も、その一翼を担う。砂浜に1000枚ものTシャツをたなびかせる「Tシャツアート展」は、38年続く町の代名詞だ。塩崎さんは今年、初めてその開催に合わせる形で、防災学習プログラムを実施した。ゴールデンウィークに3万人が訪れる機会を、観光だけで終わらせない。防災を学ぶ入り口として、町の理念を伝えていくのだという。

「クジラが見える、カツオが食べられる。その同じ自然が、時に災いをもたらす。海の恵みと災い、両方をよく理解することが大切なんです」

今年6月、塩崎さんは山梨県の都留文科大学へ招かれ、防災をテーマに講義した。きっかけとなったのは、「Tシャツアート展」にボランティア参加した大学生との出会い。塩崎さんが黒潮町で学んできた「自然と付き合うお作法」は、海のない土地にも必要とされている。

「ここに来て10年。たくさん怒られたし、たくさん助けてもらった。ここで成長させてもらった実感がある。恩返しっていうほど大きなことではないけれど、この町のために自分ができることをしていきたいって思いはあります」

かつて涙を流して移住に反対した妻の紗織さんも、いまはすっかり町での暮らしになじんでいる。「なるようになると思っているので、津波を恐れて生活はしていないです」。諦めではなく、町への信頼だ。保育士の彼女は、毎月の園での避難訓練に驚いたという。「大人も子どもも本気です。やらされてやってるって感じじゃない」

塩崎さんも続ける。「仕事中に地震が起きたら、僕はすぐに娘を助けに行けない。でも、学校がちゃんと『逃げる』ための教育をしてくれている。だから離ればなれでも、娘はきっと助かってくれると思えているんです」

安政南海地震(1854年)、昭和南海地震(1946年)と、この町には津波に襲われてきた歴史がある。入野海岸の松原にある「安政津波の碑」には、大地震に備えるよう後世への警告が彫られている。「揺れたら逃げる」という防災意識は、時代を超えて受け継がれてきた。

「日本一大きい津波が来ると言われているここが、日本一安全かもしれないですよ。みんな逃げる場所を知ってるので」。そう言う塩崎さんの表情は真剣だ。

「この町の暮らしには、自然の恵みを受けた素晴らしい魅力がある。それを、災害リスクがあるからといってあきらめるんじゃなくて、正しく恐れて、ちゃんと備える。そういう『お作法』を育んでいけば、ここに住み続けて、ここが好きだと言い続けられる。だって、ここは僕の娘にとって、唯一のふるさとだから」

【この動画・記事は、Yahoo!ニュース エキスパート ドキュメンタリーの企画支援記事です。クリエイターが発案した企画について、編集チームが一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動はドキュメンタリー制作者をサポート・応援する目的で行っています。】

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