「見えない家事」と世間は言う。家事や育児の存在を常に見続けようとすることなしに、見えない家事や育児が顕在化することはない。男性の育児休業取得率がとうとう5割を超え、一見だいぶ近づいたかように見える家事・育児の男女差。しかし、男性が本当の意味で「家庭の一員」にならなければこの差を埋めることは到底できない。これからの男性に求められることは何か。一見、負担とは思えないことでも、それが繰り返されたり、量を積み重ねたりすることで、それが「しんどさ」としてあぶり出される。この問題の本質に果たして男性はたどり着くのか。
見えない家事や育児が急によく見えるようにはならない。家事や育児をあたかもやっているかのように振舞っている男性は、もしかしたらメインストリーム以外のことに目を向ける余裕がないのかもしれない。もしくは、気づいていたとしても「いちいちやり方で口を出されるから自分はこの家事だけをやればいい」とか「その家事は妻のテリトリーだから、侵すべからず」と思っているのかもしれない。それは夫婦の関係性次第だと思う。
夫婦でその問題についてコミュニケーションをする重要性は、今回の白書を見ても明らかだ。共有化を図ることで見えない家事・育児に対して気づく感度を高めることもできるだろうし、「家庭の一員」として日々家事・育児を積み重ねていけば、男性自身も自ずと気づくこともできるようになるだろう。
究極の解決法はお互いがすべて同じようにできるようになること。互いを思いやり、常に相手より先手を打てるような気持ちで過ごしていれば、双方とも感謝の念を持てるようになり、納得感も得られる。この状態が夫婦で拮抗している限りはうまくいくだろうが、バランスを崩しそうになったときのコミュニケーションの取り方いかんでその後の夫婦のあり方も変わっていくのだと思う。