愛知・名古屋アジア競技大会では、宿泊先の割り当てや選手輸送、登録システム、競技進行などを巡るトラブルが相次ぎました。複数の記事が背景として指摘しているのが、東京五輪の汚職・談合事件を受け、大手広告代理店が大会運営の中枢を担わなかったことです。自治体中心の組織委員会と海外企業、地元代理店などによる新体制では、巨大イベントを統括する経験や調整力が不足していたとの見方が出ています。
しかし、結論を「やはり大手代理店が必要だった」で終わらせてよいのでしょうか。これまでの記事を取り上げます。
透明性の高い発注と運営を目指したこと自体は必要な改革です。不正防止と大会運営の専門性は、どちらか一方を選ぶ問題ではありません。海外企業の参加そのものが問題なのでもありません。必要だったのは、専門性ではなく、専門性を一社だけに預ける国と自治体、スポーツ団体の構造です。
巨大イベントには、会場設営、警備、輸送、宿泊、競技運営、放送、スポンサー、ボランティアなどを一つの体験として統合することが必要です。発注先を入れ替えるだけでは、長年一社に蓄積されてきたノウハウまでは移りません。
イベント・マーケティングは運営が命です。愛知・名古屋大会が突きつけたのは、透明性を守りながら、大手広告代理店に集中してきた能力をどのように分散し、継承するかです。つまり必要なのは「脱・大手広告代理店」ではなく自ら責任を持つ体制です。ノウハウを社会的な資産として残す必要がありますが、運営手順の文書化、経験者の継続雇用、組織を越えた人材、テストイベントによる訓練など、あらゆる準備が十分だったのか、大会後に社会全体で検証を見届ける必要があるでしょう。
大会運営の混乱は、選手や観客の満足だけでなく、開催都市や日本への信頼にも影響しています。