死を目前に「もう1回だけ逃げよう」 声かけ合い岡山空襲を生き延びた母と娘4人 #戦争の記憶

太平洋戦争で日本が降伏する1か月半前の1945年6月29日、国民学校初等科2年の8歳だった澤田(旧姓・樫野<かしの>)睦美(むつみ)さん(89)(岐阜市)は、岡山市の自宅で空襲に遭った。当時の市街地の6割を焼け野原にし、1700人以上が犠牲になった岡山空襲だ。父はその4日前に軍隊に召集されており、母と幼い子どもたちの女5人で燃えさかる街を逃げ惑った。焼夷(しょうい)弾が降り注ぐ中、死を覚悟した家族を救ったのは、睦美さんの「もう1回だけ逃げよう」という叫びだった。